公立保育所民間移管って、なんでしょう。民間移管とは、本当は正式な言葉ではなく、
「公立保育所の廃止・民営化」のことを民間移管、とよんでいます。
つまり、公立保育所をなくして、民間に運営してもらう、ということです。
尼崎での民間移管の歴史。
実は尼崎の民間移管は今から10年以上前に始まっています。
1997年、当時の市役所の保育管理課というところの課長と尼保連が懇談をした際、森課長は「公立保育所の統廃合とか、そういうことはまったく考えておりません」とハッキリ断言したのに、その直後 いきなり「10か所の公立保育所を民間移管」を発表したんです。
民間移管という言葉は、全国ではじめて使われた言葉です。こういうスタイルの民営化は、なんと、全国初の出来事でした。新しくきれいな鉄筋の園舎で定員割れもしていなくて、近隣に競合する保育園がない、そういう10か所が選ばれました。
建物はタダであげる、そして土地はずっとタダで貸してあげます、0歳児保育をしてもらわないといけないので改築費は市が払います。オマケをつけてタダで市民の財産をあげてしまう、という乱暴な計画でした。
ベテラン保育士が育たない民間保育園に簡単に公立保育所を10カ所もあげてしまうことも問題だし、市民の財産をタダであげてしまうこと、財政面で子どもにお金をかけるのはイヤだというのも問題だ、ということで、一斉に大きな反対運動がおこりました。
一か月で123団体の移管反対署名を集め、市議会にテレビカメラも入り、ニュースで報道もされました。
しかし、1996年12月、市議会としては異例の5時間を超す審議の末、自民党、公明党、民社党(当時)の賛成で、民間移管は可決されてしまいました。
1997年8月から、移管を受ける法人の募集がはじまりました。
しかし、選考委員の10人は学者や市の社会福祉協議会理事と市の内部だけで、会議は一切非公開、保育を受ける当事者のお母さんや保育士さんは一切、かかわらせてもらえませんでした。そして移管先が発表されてみたら、半数以上が新しい法人で、市役所OBや元公立保育所所長などが勢ぞろいし、天下り疑惑がささやかれました。
そして、尼崎のやり方の民間移管は、またたくまに全国に飛び火してしまいました。
その後、第2次民間移管が発表されました。今度は「市に建て替えのお金がないので土地はタダで貸すから建て替えてください」というスタイルの移管でした。
今回は、前回の敗北感でいっぱいでほとんど反対運動ができず、あっさりと可決してしまいました。そして移管先を選ぶ方法はとなると、前回の天下り疑惑や密室会議の批判がかなりあったのを踏まえ、「公平やったらええんやろ」という感じで商店街の抽選会のガラガラポンで選ぶというとんでもない大失態を演じてしまった尼崎市でした。
そしてその結果は、第一次移管で公立保育所をもらった法人が、またもや当たるということになってしまったり、姫路の大型法人がもらったりもしました。
民間移管は第一次第二次通じて、トラブルが続出していました。
たった2ヶ月の引き継ぎでしかも新卒の保育士が9割という保育園もあり、怪我や子どもを見ていないトラブルや保育内容に対する苦情などが尼保連にも多数、寄せられていました。
しかし、市役所は、市にも寄せられていたはずの苦情を「苦情」としてとらえず、議会では何度も「苦情などない。トラブルも一切ない。移管はすべて順調に進んだ」と答弁していました。
そして2006年12月の市議会で、尼崎市は「公立保育所環境改善および民間移管計画」と「公立保育所の基本的方向」を発表しました。中身をざっくりというと、公立保育所は9カ所だけでかまへん、どんどん民間移管しまっせ、というものです。
しかし!尼保連は、これが発表された議会にくしくも、こういう陳情署名を出していました。内容をざっくりと言うと、「これまでの民間移管の総括、まとめや移管の効果などの調査もまったくしていない。問題もなかったというが根拠もないから、次の移管をする前に調査検討をしなさい。そして、公立保育所のあり方を市役所の中だけで決めないで、もっと市民と一緒に協議する場をもちなさい。」というものです。そして、この陳情は白熱した審議の末、賛成多数で可決されました。
でも、その陳情の採択のあと、市がやったことはなんでしょう。
移管先の園長からの聞き取り調査、10カ所の移管園17人だけの保護者アンケート、
「市民の意見を聞きました」というアリバイ作りがモロ出しの、意味のない意見交換会、それだけです。
そして、お母さんたちも怒りました!民間移管案が発表になったところのお母さんたちが中心となったあまほごネットをたちあげ、民間移管対象保育所の保護者たちが一斉に「移管反対」の陳情署名を提出したのです。
審議はかなり白熱しました。移管に基本的に賛成の立場の議員さんたちも、移管のやり方について問題があった、とか、移管先選びに密室非公開はいただけない、とか、親御さんたちは納得していないでしょ、とか。
しかし!いつものことですが、採決となると、やっぱり自民党、公明党、そして虹と緑という市民派の3つの会派が、まず一番最初に移管計画にあがっている今福保育所、大島保育所の廃止条例に賛成してしまったのです。反対したのは、共産党と新風グリーンの2会派でした。
採択されてしまったとたんに市の態度は豹変しました。「もう保護者と交渉はしない。もう決まったことだから、こちらの言うとおりにしてもらう」「3月末で一斉に公立保育士は引き揚げる、たとえ親に不安があったとしても、もう決まったから」と言い切りました。
そして、今福保育所は、父母の会活動がかなり難しい保育所ということもあり、反対運動が起きませんでしたので、予定通り、移管先の選考委員会がはじまりました。議会であれだけ「密室非公開の委員会はダメだ」と言われ続けていたにも関わらず、委員会は非公開、委員の名前も一切非公開で、まったく以前の問題点を改善できていない密室会議でした。
いざ、移管先法人を応募してみたら、まったく応募がなく、市が慌てて移管条件を簡単に見直す、ということまで勝手にやりました。そして、応募したのは、六甲建設という建設会社と市内で老人ホームをしている法人のたった2カ所だけ。その2カ所のうち、なぜか六甲建設に決定されました。
大島保育所は、いままで ずっと市に歩み寄って、移管になってもなんとかよりよい条件で移管をしてもらおうとしていましたが、度重なる市のいい加減な言葉や強引さに、とうとう堪忍袋の緒がブチっときれて…
神戸地裁に提訴に踏み切りました。
これしか、もう、移管を止める道が残されていなかったからです。
さて、話は戻って。
なぜいま、全国的に民営化、民間移管がされているんでしょう。
1つに、民間は安上がりだということ。公立保育所の保育士さんは公務員なので、国県からおりてくる保育所運営費の中では給料を賄えず、市の持ち出し分が多いからです。
しかし、民間が安いというのも問題です。なぜ安いかというと、働きつづけられない過酷な労働条件だから、です。若い保育士さんばかりだというのも、そのあらわれです。
ふたつめは、尼崎市は、国がもくろんでいる保育の市場化、つまり、保育をお金で買うサービスにしようとする動きをいち早く察知して、国や県から運営費が下りてこなくなる日を見込んで、さっさとコストのかかる公立保育所は手放しておこう、ということです。
市は、民間になったら、こんないいことがあります、と宣伝します。
でも、言っていることをうのみにしては、いけませんね。
だいたい「子どもにとって、どうなのか」という一番大事な点が抜けおちていると思いませんか。
今福保育所の民間移管では、わずかな引き継ぎ期間と4月以降の「見守り」保育で、市は順調だと豪語していましたが、実際は3月末日の「引き継ぎ報告書」でも「(新しい法人の保育士は)子どもを見ていない」「一方的に子どもを叱るので注意した」「部屋の使い方に死角が多く注意した」等、ありえないほど怖い事態で引き継ぎが終わっていたことが裁判の中であきらかになっています。
4月以降の「見守り保育」でも、3月末までの担任保育士は「見ているだけ」で、園児が泣いてだっこをねだっても何もできず、泣き叫ぶ子を観ても「見守っているだけ」。
結局は幼い子どもの心に「大人への絶望とあきらめ」という一番保育士としては植え付けてはいけない感情を子どもに植え付けてしまうことになってしまったのです。
尼崎市は、公立保育所の民間移管だけでなく、市民プールの廃止も、学校給食の民営化も、すべて、「市民の意見は聞きました、けど、聞くだけです。計画は一切、変更しません」という態度を変えることなく、かなり強引に突っ走っています。
子どもにかかわることをすべて、バッサリと「安上がり」に簡単に切り捨ててしまおうとしています。
わたしたち、尼崎保育運動連絡会は、公立保育所の民間移管に、加盟する公立保育所保育士の労働組合、尼崎市職員労働組合保育支部と、加盟する私立保育園と、そしてお母さんお父さんたちと一緒に、「子どもに最善の利益を」をモットーに、安易でずさんな民間移管が子どもたちにとって、良いことではないんだ、として強引に推し進めていくことに反対しています。
だいたい、公立保育所が9カ所でいい、なんてことは市民の誰一人、思っていないことです。
尼崎だけでなく、全国各地で民営化、民間移管反対の声があがっています。
裁判も各地でされていました。尼崎でも大島保育所の38世帯もの保護者たちが市を相手取って移管反対裁判を起こして闘い続けています。
子どもたちは何も言えません。
わたしたち大人が、子どもにとって不利益なことがあるなら、
子どもにかわって声をあげていかないと、いけない。
そういう人たちがどんどん増えています